生きているだけで十分仕合わせだ

今まででハッとしたこと。驚いたこと。生きていくうえで確かなこと。私の息子(昭和60年生まれ)に是非伝えたいことを書いていきます.猫に小判か、みずみずしい類体験か。どうぞ後者でありますように。

世のため人のために尽す ウソをつけ! 君は自分の職業に疑問を抱いたことはないのか

私達は、多くの人が、何らかの職業に就いています。そして職業を通して「世のため人のために尽す」という命題に、意識的にせよ、無意識的にせよぶち当ります。それをどのように咀嚼したらよいのかを考えてみたいと思います。「世のため人のために尽す」といいますが、自分のこととして考えた場合、それは一体全体何なのだろうか。

 

目次

 

1.自分の選択した職業は「世のため人のために尽す」ということと無縁ではないのか 

「世のため人のために尽す」ということがいわれています。挨拶などで、「私は仕事を通して、世のため人のために尽す」と広言する人がいますが、安易すぎてギョッとします。一体、どういう料簡でこの言葉を発しているのだろうか、と思ったりします。

私達は、社会の構成員として何らかの仕事に携わっていますが、その仕事自体が「世のため人のためになっている」と考えている人は、そう多くはないのだろうと思います。

医師とか看護師とか教師とか、仕事そのものが直接的に人助けとか、人の育成とかに結びついているものは別ですが、多くの場合は、例えば企業の一員であるサラリーマンは、自分の従事している仕事が「世のため人のためになっている」と思っていないでしょう。少なくとも、日々、仕事をしながらそれを実感している人は少ないでしょう。

 

2.職業を選択した基準は生活のためが第一ではなかろうか 

自分の携わっている仕事を無理にこじつけて、「世のため人のため」といったって、ピンときません。殆んどの人が生活のために仕事をしているというのが正直なところでしょう。「仕事を通して世のため人のために尽す」といったって、よく言うよです。

そうであるなら、仕事に関する限り、「世のため人のため」という命題は放棄されるものでしょうか。

そうではないと思います。

 

3.「駕籠(かご)に乗る人、担(かつ)ぐ人、またその草鞋(わらじ)を作る人」

この言葉は、「世の中には階級、職業がさまざまであって、さまざまな境遇の人が持ちつ持たれつして成り立っている。どれ一つとっても欠かすことができず、そのおかげで社会が成り立っている。どの職業も立派に役に立っている」ということです。

自分自身が携っている仕事が、「 世のため人のために尽す」とピンとこなくても、すべての仕事は社会で一定の役割を担っており、立派に社会貢献をしている、といえます。それぞれが自分の与えられている仕事を全うすることで、社会の一員としての役割を果し、「 世のため人のために尽している」といえます。

ここで弁護士を例にとってみます。

AとBの間に金銭トラブルがあります。

Aについた弁護士はAのために、Bについた弁護士はBのために、弁論を展開します。

Aについた弁護士は、Aの正当な利益を実現する限りで、Aのために知恵を絞り、何とかAに有利なように努力します。Bについた弁護士は、Bの正当な利益を実現する限りで、Bに有利なように努力します。

双方の弁護士とも、直接的には 「世のため人のために尽す」のではありません。Aに有利なように、Bに有利なように努めます。その結果Aに有利な判決がでれば、それは反射的にBにとって不利な結果となります

弁護士は日常の仕事のなかで、自分のやっていることが、「世のため人のためになっている」のか、ひそかに疑問をもっていることでしょう。

しかし個人間の争いが、個人間の歩み寄りで解決できればよいのですが、そうはいかなくなったとしても、暴力によって解決するのではなく、裁判によって解決することで(自力救済禁止の原則)、社会の秩序が保たれています。弁護士は裁判制度の中で裁判官とともに立派な役割を担い、立派に社会貢献を果しているといえます。

 

4.職業には社会貢献しない部分もある 

ところで、上記で触れたように、どの職業も社会の一部を構成し、社会において一定の役割を担っているといえますが、すべてがすべて社会に貢献しているとは限りません。

例えば、自動車についていえば、自動車は間違いなく私達に便益をもたらしていますが、他方で排気ガスを発生し、地球温暖化をもたらしています。正しく社会貢献する道に軌道修正をすることが今日的課題となっています。

そのほかにも、例えば、農業における農薬、漁業における養殖魚、健康に害を及ぼすものが少なくありません。

私達の職業は、それぞれが社会の一部を構成し、社会で一定の役割を担っており、自分に与えられた仕事を全うすることで「世のため人のために尽す」といえますが、職業そのもの、或は職業の一側面が社会に害を与えるものもあるんだ、ということを忘れてはならないと思います

私達の職業が丸ごと或は大筋で社会に貢献しているか否かは、常に吟味する必要があります。

社会に害を及ぼすのであれば、大変困難なことですが、社会に貢献するように軌道修正する労を惜しんではなりません。

 

5.どんな職業も人との交わりがあり、人を感動させる機会がある 

さて、職業を遂行するうえで、忘れてはならないことがあります。

それは、どんな職業も人と人との接触があるということです。

一見、世のため人のために役立っているとはいえそうになくても、人との接触において、「世のため人のためになっている」ということがあります。実は、このことが「世のため人のために尽す」という命題の答えとして、忘れがちとなりますが、大変重要なことではないか、と考えています。

弁護士であれ、自動車産業の従事者であれ、農・漁業従事者であれ、与えられた仕事を全うする中で、明るく、朗らかに、誠意をもって人と接触する、これが何よりも大切であり、そうしてまわりまわって「世のため人のために尽す」ことになっているのではないか、そう思うのです。

この消息は、案外、大多数の人が気づいていないのではないでしょうか。

 

6.「トンカツ屋」のおかみの話 

今は閉店してありませんが、私の事務所の近くにこぎれいな「トンカツ屋」がありました。そこのおかみは、私の行き付けの床屋の話によりますと、昔は美人で小野小町といわれたそうです。そのおかみですが、客への気配りはそれはそれは素晴しいものでした。

お茶がなくなりそうになると素早く客席まで来て、「お茶は如何ですが」と聞いてきます。タイミングが絶妙なんです。

何度か女房を連れて「トンカツ屋」で食事をしましたが、普段は厳しい彼女も、おかみの対応に感心しきりでした。

おかみはヘルメットを被り、ミゼットに乗って、近所を配達してまわっています。その姿をよく見かけたものです。

その働きぶりは、私の心を温かく温かくしてくれました。多くの人に元気を与えてくれたと思います。

 

7.「世のため人のために尽す」と職業の選択 

私達は、それぞれの背景のもとで職業を選択し、それにより生活を営んでいます。

職業には社会に害を及ぼす部分もあり、それは批判的に吟味しなければなりませんが、それぞれの職業は社会の一構成部分を形成しており、一定の社会的役割を果しています。

その意味で与えられた仕事を全力で全うすることは大変意義のあることです。

そうして仕事を全うしながら、明るく、朗らかに、誠意をもって人に接する、「トンカツ屋」のおかみのようにです、そのことが、仕事を全うするとともに大変大切なことだと思っています。

どんな職業においても、明るくて、朗らかに、誠心誠意、依頼者や仲間に接することで、「世のため人のために尽す」ことができるのであり、また最も意を注ぎたいことです。

不動産市場異変! 大規模住宅団地の相次ぐ値崩れ! 大規模住宅団地(快適性)は買いのチャンスだが、それでもパワービルダー(利便性)を選択するのか

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「利便性」と「快適性」を秤(はかり)に掛ける

私達は、衣食住、いずれにおいても、「利便性」か「快適性」か、どちらかに比重を置いて選択しています。

「利便性」と「快適性」という二つの物差しを尺度として行動していることに気がつきます。

意識的にせよ無意識的にせよ、ある行動に出ようとするときは、大抵の場合、ほかの尺度もありますが、上の二つの尺度は使っているといってよいと思います。

そして、時代が進めば進むほど、とくに若い人を中心に、その選択は、「快適性」よりも「利便性」に比重が移っています。

それも飛躍的なスピードでです。

これは驚くべきことです。

 

住まいの選択について 

ここで、住まいの選択についてふれてみたいと思います。

住まいの選択で、この10年から20年の間に起こっている注目すべきものとして、「大規模住宅団地の値崩れ現象」と「パワービルダーの登場」があります。

「大規模住宅団地の値崩れ現象」 

東京近郊で、昭和40年から昭和50年にかけて、大規模な住宅団地が開発され、分譲されていますが、その住宅団地で値崩れ現象が起きています。

一例を挙げると、千葉県の東急柏ビレッジでは、平成20年、21年に大幅な値崩れが起こり、一時値下りは小さくなっていましたが、平成27年から再び大幅な値下りが生じています。

大規模住宅団地には、つぎの特徴があります。 

・バス便      都心から遠く且つバス便

・1区画が大きい  50坪以上で庭つき

・住環境が良好   区画整然としている

・住んでいる人   高齢者が多い 

値崩れ現象が生じた原因は 

住んでいる人は高齢者が多くなり、彼等は、利便性のよい駅近のマンション等に移っていきます。これに対し、30才~40才の一次取得者は、利便性の劣る大規模住宅団地には興味を示さず敬遠します。

供給は出るが、需要は弱い、という基本的な構造が続いています。 

「パワービルダーの登場」 

パワービルダー(一次取得者をターゲットにした床面積30坪程度の土地付一戸建住宅を2,000万~4,000万程度の価格で分譲する建売分譲業者を指す)が首都圏を中心に勢力を伸ばしてきたのは、1990年代後半の、経済低迷期が始まってから10年近く経った頃です。急成長をとげ、住宅の供給戸数は、業界首位の積水ハウスを大きく上回っています。パワービルダーは、つぎの特徴があります。 

・徒歩便      都心に近く且つ徒歩便

・1区画が小さい  30坪~40坪で庭ナシ

・住環境は普通   整形地のほかに旗竿地が見られる

・住んでいる人   30才~40才の若年層 

パワービルダーが勢力を伸ばした原因は 

30才~40才の一次取得者が購入できる予算内に売買金額がおさまるという経済的理由がありますが、一次取得者のイメージする以下の住宅に適合していることが考えられます。

  1. 利便性のよいところ。駅から歩けるところで徒歩10分以内、ギリギリ15分以内。駅も都心から利便な駅。
  2. 土地は広い必要はない。30坪~40坪でかまわない。しかし駐車場スペースは欲しい。広い土地で庭いじりをすることは避けたい。共稼ぎであれば、庭いじりする時間は作れない。
  3. 住環境はほどほどでかまわない。住宅は自分達一代限り、子供に残すことは考えない。 
大規模住宅団地とパワービルダーにおける買主の選択基準 

昭和50年、60年代は、「団塊の世代」を中心に、彼等は、通勤に都心から1時間半から2時間近くかけても「郊外の庭つき住宅」を求めました。

平日は残業に残業で、楽しみは休日の一家団欒、庭いじりであったのです。

彼等は「利便性」より「快適性」を選択したのです。

これに対し、現代は楽しみは多種多様であり、便利なところにお金を分散させます。結果として、土地は狭くてかまわないから、都心に近くて駅から歩けるところ、すなわち「快適性」より「利便性」を選択します。

住まいは、「都心から1時間半、2時間かけても庭つき住宅」から「庭なしの住宅で都心に近いところ」に移っています。

住まいの選択は、「快適性」から「利便性」にカーブが切られており、その様変わりに驚くほかありません。

 

住まい以外の選択は 

「衣」についても、「食」についても、私達は知らず知らずのうちに、「快適性」か「利便性」か、どちらかに比重を置いて選択していますが、ここでも、「快適性」より「利便性」に比重が移ってきていることに驚かされます。

衣服は、ユニクロが売り上げを伸ばすところをみると、高級品(快適性)よりも低中級品(利便性)を数多くそろえ、数多い分、快適ともいえなくもありませんが、むしろ、多様な用向きにチョイと合わせられて便利、ということを選択する傾向にあると思われます。

食事についても、以前のように手作り(快適性)というよりも、冷凍食品を組み合わせたり、外食をしたり(利便性)ですませることが多くなってきています。

 

社会の流れは「快適性」から「利便性」に 

衣食住について、「快適性」から「利便性」に比重が移っていることを書いてきましたが、考えてみますと、社会の進歩は、「利便性」の向上という視点でみることができます。

代表的なのは交通手段で、これはまさしく、社会の進歩とともに利便性の向上があります。徒歩、自転車、電車、自動車、飛行機と続き、より広く、より早く、私達を運んできました。

より便利に、より便利になっています。

また情報伝達も、新聞、ラジオ、テレビと続いて、今は、インターネットが大きな役目を果しています。より広く、より早く、私達に情報を伝えます。

これも、より便利に、より便利になっています。

 

「利便性」を追う社会の大きな潮流の中での私達の生き方 

これまで、私達は「利便性」を追っていることに急であることを書いてきましたが、そういう状態にあることを正しく認識して、さて、その中で私達はどう生きるか、ということを考えてみたいと思います。

「利便性」が悪いというのではありません。利便ゆえに快適だというのがあります。そして、そもそも「利便性」を追う社会の潮流に、私達は逆らうことはできません。したがって、「利便性」は積極的に享受すべきです。

しかし利便は手段であって目的ではありません。私達が求めるのはあくまで快適のはずです。利便はともすると息が詰まり、ストレスを生む側面を持っています。「利便性」を求める中にあっても、本来求めたい快適のことに思いを馳せるゆとりが欲しいものです。

いま、仮に利便は「時間軸」で、快適は「空間軸」で捉えるとしますと、私達は時間を無視して空間に遊ぶことがあってもよいと思うのです。

例えば旅行は、時間の経過を横にうっちゃって、経済的な時間は無視して、空間の広がりを楽しむことになります。「利便性」を無視して「快適性」を求めるのは、旅行にかぎらず、習いごと、芸術鑑賞、スポーツ等々、たくさんあります。

日常生活の中でも、例えばちょっと日用品の買物を、近くて便のよい店ですませるばかりではなく、少々遠いが美味しいものを売っている店に出向いてみる、といった具合に、空間を広げて、「快適性」を求めることができます。

「利便性」、「利便性」を追う中にあって、のんびりとした時間をつくり、行動半径を広げることを意識的につくるということで、快適を享受する。

早口ではなく、ゆっくりと話す。せかせか歩くのではなく、のんびりと散歩する。

「利便性」を求めるのに急である現代の社会の中であればこそ、「快適性」をどうしたら享受できるのか、私達の今日的課題といってよいのではないかと思います。

大坂なおみの転倒直後のNO発言は、「力」を生んだ! 全豪オープンテニス

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大坂なおみの「NO!」に、一瞬、観衆は静まり返ったが・・・。

全豪オープンテニス、女子シングルス3回戦で大坂なおみと謝淑薇(台湾)の試合、その終盤のラリー中に、大坂なおみは転倒して足をひねり、体は仰向けになった。

観衆は一瞬どよめいて静まり返った。主審から「大丈夫?」と声が飛んだようだが、すかさず大坂なおみは「NO!」と返答し、そう言った後で、にっこり笑い、大丈夫と右手を挙げてジェスチャーを送った。

 

「NO!」は茶目っ気、観衆の大笑いを誘う

大坂なおみは、転倒しても体は大丈夫であったので、倒れた後すぐに大丈夫と言ってもよさそうなものだが、「NOと言って審判がどう反応するか見たかった」と言っている。NOと言った後ですぐに、右手を挙げて大丈夫とジェスチャーを送っているところをみると、ほんの一瞬だけ、イタズラをしてみせたのである。

茶目っ気たっぷりである。観衆は大笑いである。

緊張したグランドスラムの試合の中での、この茶目っ気ぶりは、心のゆとりがもたらしたものでそれ以外の何物でもない。

すごいことだと思う。

心のゆとりが観衆をなごませ、笑いに包みこむ。まさに「生きるとは笑うことなり」である。(当ブログ参照 2017/07/18 生きるとは笑うことなり

 

試合は人生の縮図である。その中で茶目っ気の役割は

テニスに限ったことではないが、スポーツの試合は人生の縮図ともいえる。

スポーツの試合では、守りを固めながら、果敢に攻めていく。一方で常に冷静に試合展開を読んでいく。

人生もそうだ。脇を固めながら、積極的にポジティブに行動する。一方で、常に冷静さを失わない。

茶目っ気は、スポーツの試合でも人生航路でも、スパイスの役割をもつということができる。

茶目っ気は心のゆとりから生まれてくるものであり、笑いを誘う。

そうして、これが肝腎だが、力を生むのである。

大坂なおみの「NO!」は力を生み、試合に勝利をもたらした大事なポイントになったというのは言い過ぎだろうか。 

 

追記 1月26日(土)、決勝でペトラ・クビトバチェコ)を2対1のスコアで破り優勝 

スコアは7-6、5-7、6-4の2対1。

第2セット中、大阪なおみはプレーが思うようにいかず、ラケットをコートに叩きつけようとしたときがあったが、かろうじて思いとどまっている。一瞬、この試合はダメかと私は思った。

しかし第3セットに入ると大坂なおみは平常心を取り戻した。第3セットの大坂なおみはまるで別人であった。そうして優勝だ。

ビフォーアフターに登場する吹き抜けのあるリフォームに物申す(デザイン論)

吹き抜けのあるリフォーム

今は不定期になりましたが、テレビ番組で登場する家のリフォームに大改造劇的ビフォーアフターがあります。依頼者はリフォームされた我が家に足を踏み入れて、感激します。全く一新された我が家に目を疑うばかりです。これからの生活に夢が広がるのでしょう。リフォームを担当した設計者に何度も何度も感謝の言葉を発します。

リフォームされた家は面積が狭いのが多い。間口は狭く奥行が長い。そこでは家族の暮らしは押し合いへし合いです。

そこで多く登場するのが、吹き抜けのあるリフォームです。リビングやダイニングに、1階の天井がなく2階部分と上下に空間がつながって、1階から2階には階段で昇る。吹き抜けは何といっても空間が広がり開放感があります。現代的でおしゃれな雰囲気が出ます。1階と2階でコミュニケーションがとりやすい。高い場所に窓を設置できれば、日の光が階下に届き、日中の明るさが確保されます。下の階の窓から入った空気が、上の階の窓に抜けてゆきます。

しかし、ちょっと待てよ。この家は冬は寒くないのかい。空間がとにかく広い。暖かい空気は上の方に流れてゆく。暖房費がメチャクチャ高くつくのではあるまいか。新築と違って、外壁等に断熱対策は施せないぞ。床暖房をしても機能を十分に果せるのかな。夏は夏で熱気はすべて2階部分に上がってゆき、2階は暑くならないのか。空間も広い。冷房費だって高くつくのではあるまいか。

リフォームで吹き抜けのある家になって、依頼者が大変喜んでいるのを見ると、私はいつも心配になってきます。実際に暮らしていくと吹き抜けは、冷暖房費、とくに暖房費がかかることが一番問題になるとおもいます。そのほかにも掃除が大変だったり、照明の交換が手間だったり、臭いや上下階の音が気になったりしないだろうか。耐震強度は大丈夫だろうか。

 

先輩の家は広い広いリビング

話しは違いますが、私がサラリーマンの頃、会社の先輩のお宅にお邪魔したときに経験したことがあります。先輩は以前は2階建ての家に住まわれていましたが、平屋建ての家に引っ越されていました。この家のリビングは大層広いものだったのです。その広いリビングの中にコタツが一つポツンと置かれていました。広い広いリビングの中に、コタツが1つ置かれているに過ぎないので、いかにも不釣り合いです。落ち着きません。寒々しくさえ感じます。その家には大型の室外ボイラーがありましたので、どうしてそれを使わないのか質ねましたところ、暖房費が高くてとても使えたものではないということでした。広々としたリビングは開放感があり気持ちよいものですが、実際に住んでみるととんでもない、大変居心地がわるいものであったのです。

ここまで書いていくと、私の高校時代からの友人で設計事務所を開いているT君の話しを想い出します。

丹下健三黒川紀章の建物のデザインは本物ではない。なるほど、外観は人を魅了するものがあるが、彼等の建物は実際に使ってみると不具合が多く出てくる。本物のデザインというのは、実際の使い勝手がよいものを目指すものでなければならないはずだ。

それまで、建築設計に無関心であった私には、友人の話しは新鮮であり興味をひくものでありました。

 

丹下健三の代表作 国立代々木競技場第一体育館

丹下健三の代表作である国立代々木競技場第一体育館は、今では、冬季はアイススケート、春季秋季はプール部の上に木のパネルを貼って体育館として利用されています。夏季のプールは当初は利用されていましたが、1998年3月をもって利用されなくなっています。

吊り屋根構造の代々木競技場は、建築物のダイナミズム、美しさで群を抜き、代々木の歴史ある風致地区に溶け込んでいます。選手と観客を一体にするように包み込む無柱空間をつくっています。世界の賞賛を浴びていることは誰しもが知るところです。この点は素晴らしいデザインといってよいでしょう。

しかし、こと使い勝手となると問題が多かったようです。当初つくられたプールは、寒くて寒くて競泳には使えなかったと聞いています。1968年から数年おきに大屋根の部分的な塗装の塗り替えを行ってきましたが、ついには全面塗り替えが実施され、その際、大屋根の鉄板に雨漏りの原因となる穴や亀裂が2,590ヶ所も見つかったとされています。丹下健三の設計ではほかに都庁舎が有名ですが、雨漏りが多く、独特のデザインのため修繕費が膨大になるといわれています。

 

吹き抜けのあるリビングや広いリビングとデザイン論

私は外観の美しさを否定するものではありません。それによって人々は大きく感動したり、或は癒されたりだってします。しかし、私は、実際の使い心地がもっと大切なのではないか、という考え方に魅かれます。

友人の話を聞くまでは丹下健三といえば、それだけですごいというぐらいにしか考えていませんでしたが、友人から新しい見方をもらいました。デザインの本来求めるものはどこにあるかということです。

吹き抜けや広いリビングの開放感もよいのですが、私達にとっては、実際の生活が大切であり、住み心地がよいということが一番です。これを主眼において吹き抜けや広いリビングを採り入れることを検討することが大事になってくるとおもいます。

さて、ここまできて、建物を設計する人は、生活実感をどれだけ大切にしているのであろうか、と考えます。生活実感を大切にしている人はいても、さらに一歩踏み込んで、生活実感を検証し、それを積み上げている人は、殆んどいないのではないか、もしそのような人がいれば、その人こそ本物のデザイナーではないか、とおもうのですが。

極上の孤独/ ゴッホの孤独は底なしの寂寥感 都会育ちのインテリの孤独とは違うぞ

誰もが考えておかなければならない「孤独」について、本書は示唆に富むものです。

「孤独」になじみ、「孤独」を受け入れるのは、都会に育ち、本に囲まれて幼少期を過したインテリ、これに対し、「孤独」を厭い、避けようとするのは特に田舎育ちの人。前者はごくごく少数。大雑把にいえば、そういえるのではないでしょうか。

私は、田舎育ちで家が商家、「孤独」に親しめない部類に属しますが、「極上の孤独」というタイトルに興味がそそられ、本書を購入しました。「孤独」ということをじっくり考えておきたいと考えたからです。

著者の下重暁子さんは、NHKアナウンサー、民放キャスターを経て、現在は文筆活動をなされています。下重さんは、子供時代はいつも1人であったということです。小学校2年生で結核にかかり、ほぼ2年間は疎開先の自宅の1室で安静にしているほかなく、友達と遊ぶこともなかったといいます。1人で蜘蛛を観察していて、その技に見惚れて退屈しなかったこと、隣の部屋から母の目を盗んで、父の本を持ち出しては、芥川龍之介太宰治などを読めもしないのに、1ページずつめくっていたそうです。それに家が転勤族で、2、3年おきに住所が変わり、学校に馴れた頃には、変わらねばならず、別れが辛くて同級生と仲良くならない術を身につけていた、ということです。

子供の頃の孤独な環境が、大人になって大きく影響したと思われますが、下重さんは「孤独」を受け入れ、さらにすすんで、「孤独」を愉しまれています。

「孤高」「自由」「群れない」「媚びない」生き方を実践されています。

  

 目次

1 「孤独」とは何か

2 「孤独」を味わう

3 中年からの夫婦2人の生活

4 亡き母のこと

5 本書を読んで 私の生き方  ゴッホの孤独

 

「孤独」とは何か 

「なぜ私は孤独を好むのか」(第1章)、「孤独と品性は切り離せない」(第4章)の中で書かれていることは、「孤独」を理解するうえで、示唆に富むものです。

 

「犀(さい)の角のようにただ独り歩め」

「咳をしても1人」

孤独と向き合う時間こそ貴重である。自分の心の声に耳を傾ける時間を持つことで、自分が何を考えているのか、ほんとうは何を求めているのかなど、ホンネを知ることが出来る。孤独とは1人でいることではなくて、生きる姿勢なのである。

 

「淋しい」と「孤独」は違う。

淋しいといえる段階は・・・自分の淋しさを埋めてくれる人を探す。家族、友人、知人、そして最近ではネット上でそれに応えてくれるような人・・・。

淋しいとは一時の感情であり、孤独とはそれを突き抜けた1人で生きていく覚悟である。

  

「孤」の時間を持つことが出来ているか、自分に問いかけてみよう。その上で少しでも、その時間を増やしていく。その努力なしには決して「個」は育たないし、魅力的にはなれない。

  

日本人は孤独嫌いが多い、孤独死など、世の憐れみと涙を誘う。日本では畳の上で死にたいという人が多く、自分の家で家族に看とられて死ぬのが理想と思われている。私はそうは思わない。他人にわからずとも、孤独でいることに誇りを感じる人は、人として成熟しているのではなかろうか。

  

品とは何か。

精神的に鍛え上げた、その人にしかないもの。賑やかなものではなく、静かに感じられる落ち着きである。

一見、孤独と品とは関係なさそうに思えるが、品とは内から光り輝くものだと考えれば、輝く自分の存在がなければならない。自分を作るためには、孤独の時間を持ち、他人にわずらわされない価値観を少しずつ積み上げていく以外に方法はない。

 

そのほかに「孤独を知らない人は個性的になれない」「孤独とは思い切り自由なものだ」「個性的な人は多かれ少なかれ奇人、変人」「孤独を知る人は選ばれた人」等々。

 

孤独を味わう

下重さんは、「極上の孤独を味わう」(第2章)の中で、孤独を味わう自分を紹介されています。

小学校2年と3年のときは、結核で自宅の自分の部屋で1人寝ていたが、そのとき蜘蛛に夢中になった。新幹線などで地方に出かけるときは読書がはかどる。車中で俳句を作ることもある。新幹線は1人で乗りたい。列車の中は昔の恋を反芻する大切な場所だ。「話の特集句会」や「東京やなぎ句会」に1人で出る。永六輔さんをはじめ素敵は人は男女を問わず、1人が多い。私は句会で俳句がなかなか出来ない場合、締め切りの10分前にトイレに行くことにしている。最終的にトイレでまとまったものの出来はよく、好成績につながる。・・・

 

中年からの夫婦2人の生活

「中年からの孤独はどう過すか」(第3章)の中で、下重さんは自分とつれあいの2人の暮らしぶりを紹介されています。夫婦2人になったら、もっと自由になって、1人のような暮らしを始めたほうがいいとされ、それを実践されています。

寝室を分けることは成功だったとされ、比較的朝が早く夜も早いつれあいと夜は遅く朝も遅い下重さんとで、お互いのペースを崩されないように暮らされています。例えば、夜は7時か8時、9時頃からNHKとテレビ朝日でニュース番組を見て、つれあいが自室に引きあげてから、下重さんは自分1人だけの時間を過される。・・・

 

亡き母のこと

「孤独の中で自分を知る」(第5章)の中で、81才で亡くなられたお母さんについて書かれていますが、そのところは私の胸を打ちます。以下は下重さんのお母さんが詠まれた短歌です。

 

待つことも待たるることもすでになく 雨のネオンのうるむ街ゆく

街に出て薔薇色の生地購いぬ老いの淋しさ身に沁むる日は

闇の中覚むれば孤独がしんしんと老の体を音たてて打つ

人の世のなべてのことに堪えて来し今さらわれに物おじもなし

 

お母さんは、目に見えない女旅芸人の瞽女や郵便配達の人が泊まっていくような家で常に人に囲まれて育ち、また、暁子命を他人に見えるほど、私のこととなると見境がなかったといいます。そのお母さんが、下重さんと別居して等々力の家で1人暮らし。夜中は特に孤独で、想像を絶する淋しさだったかもしれません。私が思うに、下重さんのお母さんは、娘のために、必死に孤独に堪えておられたのでしょう。その姿が思い浮かび、何とも言えない気持ちになりました。

 

本書を読んで 私の生き方    ゴッホの孤独

私は、田舎育ちで家が商家なので、幼い頃は大勢の人の出入りする中で暮らしていました。なので「孤独」はなじめそうにありません。どちらかというと賑やかなほうが性に合います。

しかし、一方で、「群れる」自分もいますが、なかなかどうして「群れない」自分もいます。「孤独」のもつ、1人で生きていく覚悟や潔さは私を魅きつけます。人間は所詮1人ですが、他方1人では生きてゆけません。個人を確立し、そして共感できる人を大切にしていくことが私の生き方です。生涯それを追い求めていきたいと思っています。

本書の中で、「孤」の時間を持つことが出来ているか、自分に問いかけてみよう、というくだりは、ハッとさせられました。本書を読んで、私にとって一番良かったところです。

孤独死」について、下重さんはどういうお考えなのでしょうか。本書の中からは、孤独死を厭わない、という考えのように思われますが。・・・

私は、自分の家で家族に看とられて死ぬのが理想だと思いますが、もっとも今は病院で亡くなるのが殆んどのようですが、それはよしとして、人と没交渉の結果、長い間、人に発見されない状態で孤独死するのは望みません。それでも、人におもねない生き方の結果であればそれもよし、理想的にはそう思いたいと考えます。

「孤独」というと、版画家棟方志功がテレビの中で、ゴッホの孤独について語った言葉が忘れられません。「ゴッホほど孤独というものを知っている人はいない。ゴッホの絵を見ていると、底なしの寂寥感、あまりの寂寥感に驚愕してしまう。ゴッホは寂しい、言いようがなく寂しい」棟方志功は、ゴッホの絵を見て、感情が揺さぶられるのです。頭で理解するのではありません。現に感情が動くのです。 

 

当ブログで以下のものを掲載しています。是非読んでみて下さい。

棟方志功の感性 孤独、路傍の小さな花(2016/10/12)

 

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